【目次】

 〔3.2 科学の発展段階における枠組みの再構成〕

 科学が成長過程を経て、第三段階目にさしかかったとする。枠組みから出発し、詳細な観察が可能になる。しかし、詳細な観察が可能になったことにより、逆に枠組みでは説明できない例外的な現象が発見されるのもこの第三段階である。

 さて、この例外をどのように扱うかで、その後の科学の行き先が変わってくる。すなわち科学の成長が止まり固定化されるか、科学がそれ以前の科学的枠組みを脱皮し、さらに発展するかの分かれ目になる。

 現在の科学体系で起こっている現象を客観的に観ることは難しいので、すこし時代を遡って、コペルニクス、チコ・ブラーエ、ケプラーの時代に行ってみることにしよう [1,2]


 16世紀当時は、惑星の動きを説明するために、プトレオマイオスの天動説を前提とした、いくつものモデルが提唱された。

 一方、コペルニクスは、宇宙の中心を地球中心から太陽中心に移すことにより、惑星の運動を説明するモデルが単純化できることを提案する。それは天動説を前提としたモデルがどんどん複雑怪奇になっていくことに対する警鐘でもあった。

 さて、ここで同じ現象を表現するのに複数のモデルが存在する場合、どのモデルが妥当であるか、その評価基準として、観察的妥当性、記述的妥当性、説明的妥当性という観点からみてみよう [3]


 天動説を維持したままの惑星の動きを説明するため、周転円のモデルが提唱された。周転円の数(次数)を上げることによって、観察データとの誤差はいくらでも狭めることができる、という認識が当時あった。よってケプラー以前の天文学においても、「観察的妥当性」はかなり得られていたと考えられる。それ故あえて地動説を受け入れる理由もなかったと考えられる。しかし、それに伴って、モデルの複雑さは増大した。すなわちモデルの「記述的妥当性」は、観察的妥当性に反して低かったと考えられる。またなぜそのようなモデルになるのか、という「説明的妥当性」は全く得られていなかった。

 コペルニクスは、直観的洞察力で記述的妥当性の良いモデル(地動説)を提唱した。しかし当時多くの天文学者は、地球が動いているなんて考えられない、という反応を示した。またその当時、データの精度も高くなく、どのモデルが妥当であるかの判断は、観測データからは得られなかった。

 チコ・ブラーエは、他の多くの天文学者と同様、コペルニクスの地動説は受け入れなかった。しかし、コペルニクスとプトレオマイオスの宇宙観を合わせたような、折衷的モデルを提唱した。すなわち、地球の周りを太陽が回り、その周りを惑星が回る、というものである。その折衷的モデルにおいても、観測的妥当性はかなり得られていた、と考えられる。そしてブラーエは、観測者として優れており、それ以前では得られなかった精度での観測データを残したのである。

 ブラーエのように、ある枠組みを前提として対象を詳細に記述する研究アプローチを、図 3-5 のように、「分析型アプローチ」と表現することにする。

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分析型アプローチ:
(ある枠組みから捉えられる現象を詳細に記述するアプローチ)

《枠組み1》―――>《分析プロセス》―――>《現象1》

       [図 3-5 :分析型アプローチ]
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 ケプラーは、ブラーエの残した観測データを再検証した。とくに火星の観測結果に着目し、それまでのいかなるモデルでも説明できない僅かな誤差を見逃さなかった。そしてケプラーは、ブラーエの残した観測データの方に信頼性をおき、モデルの方の再構築に精力を傾けた。そして新しいモデルを探すという試行錯誤の結果、ケプラーはコペルニクスの地動説を前提に、地球を含む惑星が太陽を焦点とし、楕円軌道を面積速度を一定に保ちながら回っているという、真に記述的妥当性の高いモデルを創りあげた。すなわち、それはケプラーの法則として現在知られているものである。

 ケプラーが新しい枠組みを試行錯誤しながら見つける過程を図 3-6 に表現する。

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成長期第三段階:
 《枠組み》―――>《分析プロセス》―――>《結果》
   ↓           ↓         ↓

発展過程:
 《枠組み1》―――>《分析プロセス》―――>《現象1》 
   ∩         ||         ×  
 《枠組み2》―――>《分析プロセス》―――>《現象2》

    [図 3-6 :科学の発展過程における枠組みの再構成]
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 科学が発展していく段階では、従来までの「枠組み1」で説明できる「現象1」と説明できない「現象2」を区別しながら、双方共に説明できる新しい「枠組み2」を見つけるという作業になる。

 そしてその作業は、とても創造的なものとなる。また枠組みを創るというアプローチは、いままで説明できなかった「現象2」を説明するという具体的目標が先にあるので、そのアプローチは工学的なアプローチに似てくる。しかし、「枠組み1」を概念的に含有する形で、「枠組み2」を探さなくてはならないので、その制約条件は非常に厳しいものになる。

 ケプラーのように一連の現象からそれを説明する枠組みを創るアプローチを、思考の方法と方向性に着目し図 3-7 のように総合型アプローチと表現することにする。流れの方向は思考の順序を示している。

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総合型アプローチ:
(ある一連の現象からそれを説明する枠組みを創るアプローチ)

《枠組み2》<―――《総合プロセス》<―――《現象2》

       [図 3-7 :総合型アプローチ]
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図3-5、図3-7 組合せ、さらに研究者の思考の順序に着目して表現すると、図 3-8 のようになる。

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《枠組み1》―――>《分析プロセス》―――>《現象1》
 ↑○?×↓        ||        ↓
《枠組み2》<―――《総合プロセス》<―――《現象2》

   [図 3-8 :新旧2つの枠組みの擦り合わせ]
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 さて、図 3-8 から分かるように、「枠組み1」と「枠組み2」の擦り合わせが最後の問題となる。「現象1」と「現象2」の両方を説明できるできるように「枠組み2」を組み立てた場合、2つの枠組みの概念的な含有関係は次のようになる。

《枠組み1》⊂《枠組み2》

 ここで注意が必要なのは、「枠組み1」から「枠組み2」を直接評価することはできないという点である。また分析型アプローチしかできない研究者にとって、「枠組み2」の存在は認識することすらできないのが普通である。つまり、「枠組み1」の視野しか持たない研究者にとって、「枠組み2」は、おそらく非常に間違って見えるであろう。


  〔3.1 科学における三段階の成長モデル〕
  〔3.2 科学の発展段階における枠組みの再構成〕
  〔3.3 科学における循環型発展モデル〕
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