【目次】

【3.科学の成長・発展とは】

 ある科学概念が、研究者間でどのように受け入れられ、そしてどのようにして共通の認識に成長していくかを考察する。またある既存の科学概念が、新しい科学概念で置き換わっていく過程も考察する。ここでは前者を「科学の成長」とよび、後者を「科学の発展」とよぶことにする。

 〔3.1 科学における三段階の成長モデル〕

<問題提起>
 研究者の間での共通の認識、あるいは科学の常識が形成されるためには、どのようなプロセスが必要であろうか。


<考察>
(1)科学の場合を考える前に、工学的な応用製品がどのように一般社会に受け入れられ、共通の認識を形成していくかを考えてみる。
(2)工学(広く産業)の場合、実際に目的物/状態がつくられることによって、認識が急速に広がっていく。もちろん製品化させる以前に、マーケッティングやプロモーションをとおして、あらかじめニーズの把握や動機付けなどが行なわれる場合もある。
(3)互換性の問題など、複雑な要因がからむ場合は、良い製品の方が売れるとは必ずしも限らない。
(4)技術の発達が新しい製品を創り出し、消費者の利用スタイルが旧製品を駆逐し、新製品で置き換える場合もしばしばみられる。たとえば、レコードプレーヤがCDプレーヤに置き換わっていった過程をイメージすると分かりやすい。
(5)科学の場合、工学でいうところの目的物である製品に対応するものは何であろうか。特に思い当たらないかもしれないが、しいていえば「概念」であるといえるのではないか。


<問題認識>
 科学の場合、ある科学概念が、どのように認識され、ある研究者の間の共通認識となるのであろうか。あるいは一般社会で、科学の常識といわれるようになるまでには、どのようなプロセスを経過しているのであろうか。たとえば、世界でただ一人だけ物事を正しく認識していたとしても、それを表現する方法がなければ、他人に伝えることはできないであろう。また逆に、他の誰かが正しく認知できなければ、単なる妄想で方付けられてしまうであろう。


 科学概念の伝達の方法としては、論文を書くという方法が現在一般的である。印刷技術がない時代では、写本という方法に頼ったこともある。そこではデータの写し間違いということもしばしば起こったと考えられる。最近なら、インターネットに代表さる様々な伝達手段(メディア)の利用も考えらる。

 概念の伝達を3つの部分に分けて図 3-1 のように表現する。

―――――――――――――――――――――――――――――
認識プロセス:

(情報発信)  (メディア)  (情報受信)
  ↓       |       ↑
 《表現》―>《伝達プロセス》―>《認知》

    
    [図 3-1 :科学のおける概念の伝達・認識プロセス]
―――――――――――――――――――――――――――――

 認知された概念が、それまで蓄積されてきた知識や既存の概念と擦り合わされ、一つの認識を形成していく。その認識を研究者の間で共有することで、共通認識となり、さらに定説となっていくと考えられる。そのような一連のプロセスを、ここでは「認識プロセス」とよぶことにする。

 すなわち、ある「仮説」が、複数の研究者の共通認識となり、ある「枠組み」が形成されるには、図 3-2 のような流れをもつ一連のプロセスを経ることになる。

―――――――――――――――――――――――――――――

《仮説》―>《認識プロセス》―>《枠組み》

    
    [図 3-2 :科学のおける枠組みの形成]
―――――――――――――――――――――――――――――

 いったん「枠組み」が形成されると、その枠組みを足場として、対象をより詳しく分析できるようになる。そして、より詳細な結果を導き出すことができるようになる。その様子を図 3-3 に示す。

―――――――――――――――――――――――――――――

《枠組み》―>《分析プロセス》―>《結果》

    
    [図 3-3 :枠組みを出発点とする分析型科学]
―――――――――――――――――――――――――――――

 科学の成長モデルを図 3-2 と図 3-3 を組合せて、図 3-4 のように三段階で捉えてみる。つまり、科学の成長とは、図 1-1 で示した、科学の基本構造モデルを、縦的(歴史的)な時間軸で捉え直したモデルであると考えることができる。

―――――――――――――――――――――――――――――

第一段階        《仮説》
 ↓           ↓
第二段階      《認識プロセス》
 ↓           ↓
第三段階 (《前提》)《枠組み》―>《分析プロセス》―>《結果》


    [図 3-4 :科学における三段階の成長モデル]
―――――――――――――――――――――――――――――

 第一段階というのは、ある科学者の立てた仮説によって新たな科学が生まれた状態と考えられる。

 第二段階というのは、その科学者に引き続き、多くの研究者がその分野に参入し、研究が活性化する状態である。そして研究者の間での共通の「認識」が生まれる状態とみることができる。この「認識プロセス」にて、仮説のふるい分けもなされる。論文の査読制度などもこのプロセスに含まれるであろう。その結果として枠組みが形成されていく。科学における信頼性、客観性は、この認識プロセスによって得られていると考えられる。

 第三段階というのは、学問的にも体系化され、教科書にも定説として紹介される段階である。いったん「枠組み」ができると、それを足場にして、多くの人が、より詳細に対象を認識できるようになる。そして枠組み自体も強化されていく。同一時代において横的(空間的)にその枠組みによる科学概念が認識された状態である。この時点で、一連の流れに添って導かれた結果は、科学の常識として一般社会に受け入れられていく。

 この第三段階では、すでに「枠組み」ができているので、それ以前に歴史的に積み重ねられてきた仮説は、「前提」条件としてその枠組みの中に埋め込まれていく。枠組みを共にする研究者同士は、その枠組みを思考の出発点とし、普通その枠組みの範囲内でプロセスを順にたどって結果を導きだす。


<問題喚起>
 さて、ここで注意が必要なのは、認識プロセスでふるい落とされた仮説が、必ずしも、間違っているとか、劣っている、とは限らないということである。その時代の一般認識レベルを越えた優れた仮説も、認知されないために同様にふるい落とされる。当時表現する方法がまだ開発されていない場合や、検証する方法やデータがない仮説も、認識プロセスによりふるい落とされる。よって、一度捨てられた仮説が、例えば一世紀という歴史的時間を経て、その現象を十分に認識できる環境条件が揃ってから、再び返り見られるという場合も十分にあり得る。


  〔2.3 科学と工学の狭間で〕
【3.科学の成長・発展とは】
  〔3.1 科学における三段階の成長モデル〕
  〔3.2 科学の発展段階における枠組みの再構成〕
【目次】