【目次】

 〔2.3 科学と工学の狭間で〕

 節 2.1 で科学と工学の構造上の違い、節 2.2 で科学者と工学者の思考プロセスの違いなど明らかにしてきた。しかし実際には両者の境界は非常に曖昧である。この節では科学(者)と工学(者)との狭間で、どのような現象が起こっているか考察していくことにする。

<前提認識>
 科学によって新しい発見がなされ、それが工学的に応用され製品が生産されるまでには、数十年とかかる場合も少なくない。例えば量子力学の発見が現在の半導体技術に大いに役立っていることは周知の事実であろう。

<再認識>
 しかし、ここで注意が必要なのは、科学に対して工学がいつでも遅れて発達するとは限らないという点である。

<考察>
 たとえばカオスなどの複雑系の分野がそうである。カオス研究の分野は、科学的な基礎と工学的な応用が同時進行している分野である。またカオス研究は、非常に学際的な分野に発展中なので、それまでカオス研究の分野では名前も知られていなかった研究者が、あるとき突然カオスの専門家として、カオス研究者の仲間入りするという現象も見られる。

 また科学は、これまで細分化することにより成長してきた一面がある。よって、複数の分野にまたがる科学を、工学的に応用したシステムなどでは、条件の組合わせや相互作用で、個々一つ一つの条件やプロセスでは考えられないような現象が起こる場合がある。一般に'発明'といわれるものの中には、科学による説明が追いつく以前に試作品が先に作られる場合がある。

<問題喚起>
 さて、科学や工学に人間的な駆け引きが入ってきた場合は、現象の真偽の見極めが非常に難しくなる場合がある。そのような人間的な駆け引きによって、真相が隠されてきた例は、歴史上よく見られることであろう。

<問題設定1>
 ある製品に結びつく基本技術が、科学的にも非常に基礎的で、かつまだ十分に解明されていない現象を利用して応用製品が試作されている場合を考える。つまり、具体的な試作品はできていても、その理論的説明はまだ解明されていないものとする。

<考察>
 科学者と工学者で思考や行動のパターンが変わってくる。科学者は新しい現象に対する理論的説明、原因の方に関心がある。

 一方、工学者の方は、現象の原因の解明や理論の構築よりも、現象を利用した応用製品の方に関心がある。

<問題設定2>
 さらにその新しい現象を発見した研究者が、その現象を応用した発明の製品化を優先し、特許の取得が確定するまで、その現象の核心部分の公表を避けるという選択をした場合はどうなるであろうか。

<思考実験>
(1)ある現象が科学的にも基本的で、かつ工学的にも有用であったとする。しかもその現象が、たとえば7個の条件が全てそろったときだけ、再現性を持って現れるとする。
(2)その現象の発見者が、7つの条件のうち1つの条件を、あえてあいまいにしてその内容を公表する、という場合を考える。
(3)他の科学者がその資料をもとに追試験した場合、条件が足りずに再現性が確認できず、その真偽は謎のまま話題を呼ぶ、ということにるかもしれない。
(4)さらに厳正なる再試験のもと、その現象の再現性が確認できず、その現象そのものが科学の名のもとに改めて否定される、という場合が考えられる。

<結果と予測>
 このような状況下では、科学者と工学者の間、および一般社会の間で、大きな認識上のギャップが生じる結果になると考えられる。

 その現象を確認しようとする行為が、かえってそのギャップを広げる方向に正帰還をかける結果となり、そのギャップは埋まるどころか、ますますさらに広がっていくと'予測'される。

<目標>
 では、そのますます広がっていくギャップを埋め、建設的な方向に事態を収拾・進展させる(目標)ためには、どのような'条件'が必要だろうか。

<条件1>
 科学者であり、かつ工学者でもある研究者が、その現象の理論構築と再現性のある実験で、その現象そのものを明らかにする。

<条件2>
 未知の現象の原因究明や理論構築よりも、先に応用製品を開発することで、一般社会のレベルで現象そのものの認識を広める。

<条件3>
 人間の認識、認知プロセスの仕組みが明らかになり、社会的レベルでの誤認の構造が明らかになる。すなわち「認知革命」が起きる。

<条件4>
 小学生や中学生、あるいは高校生に対して、好奇心を引き出すような真の意味での科学教育を施していき、未来における科学者を先手を打って育てていく。


  〔2.2 思考プロセスの方向性から見た科学者と工学者〕
  〔2.3 科学と工学の狭間で〕
【3.科学の成長・発展とは】
【目次】