2.電気の法則はどこまで正しいか

 空間に点電荷が与えられたとき,その電荷が作る静電場はガウスの法則から求まる.つまり,任意の閉曲面からでる電気力線の総数は,その内部の電荷の総量に等しい.電束密度をD,電荷(の総量)をqとすれば,

∫DdS = q
(1)

の関係がある.点電荷の場合のように,とくに空間に対称性がある場合は比較的簡単に求めることができ,

D = q/4πr 2
(2)

となる.電束密度と電界の関係は誘電率をεとすれば,D=εEの関係から,電界Eは次のように表される.

E = q/4πεr 2
(3)

 電界は単位電荷に働く力を意味するが,正と正,負と負の電荷は互いに反発し,正と負の電荷は互いに引き寄せられる.一般にその力の大きさは2つの電荷間の距離の2乗に逆比例するので,その法則を逆2乗の法則,あるいはクーロンの法則とよばれる.

 無限遠から電界にそって積分し,距離rでのポテンシャル(電位)Vを求めると,

V = q/4πεr
(4)

となる.式(4)から分かるようにポテンシャルは中心からの距離rに逆比例することを示している.

 さて,式(3),式(4)から分るように,点電荷の作る電界やポテンシャルは,r=0 すなわち,原点おいては無限大であり,原点でのポテンシャルや電界,あるいはエネルギーが発散することを示している.巨視現象を主に扱う電磁気学ではこの問題に関して一般には立ち入らない.しかも電荷の実体を議論することは無意味であるという立場をとる人も少なくないようである[1].一方微視現象も扱う物理学では,この発散の問題は常に頭の痛い問題であったようである.この問題に関する電気法則について,一般にどのような見解がもたれているか,今や物理学の教科書としてもよく用いらている,ノーベル物理学賞受賞者リチャード・ファインマンの著書,ファインマン物理学[2]から以下引用して確認しておく.

点電荷の電場は厳密に 1/r2

 ガウスの法則の正しさはクーロンの逆2乗の法則に依存している.力の法則が厳密に逆2乗でなければ,一様に帯電した球面の内部で電場は厳密に0でなくなる.(中略)10-14 cm 以下の距離では電気力は10倍も弱くなるらしい.いまのところ二つの説明が可能である.一つはクーロンの法則がこんな小距離ではだめになる;もう一つはわれわれの対象,電子や陽子,は点電荷でないという説明.恐らく電子と陽子のどちらか,あるいはどちらもある種のしみである.多くの物理学者は陽子がぬりつぶされた電荷である方を好む.(中略)球状の電荷のつくる電場は中心までずっとに 1/r2のように変化するのではないことはよく知られている.陽子の電荷が拡がっていることはありそうであるが,中間子論はまだ大へん不完全であるから,クーロンの法則が非常に小さい距離でだめになっているかも知れない.この問題は未解決である.

原子核の静電エネルギー

 陽子間の力に関するかなりの知識は蓄積されたが,力はできるかぎり複雑になっているようである.(中略)
 まず,力は陽子間の距離の簡単な関数ではない.遠方では引力だが,近傍では斥力になっている.距離依存生は複雑な関数で,まだ不十分にしか知られていない.(中略)
 陽子―中性子間の力,中性子―中性子間の力も同じように複雑である. 今日までのところこれらの力の背後にある機構は知られていない ― つまり,それを理解する簡単な方法はない.
 しかし,重要な一点で核力は可能な限りの複雑さに比べるとより単純である.(中略)
 この一致から二つの結論が引き出される.一つは電気の法則が10-13cm という小さい領域でもなお正しいようであること.もう一つは陽子―陽子,中性子―中性子,陽子―中性子間の力の非電気的部分は全部等しいという注目すべき符号を証明したことである.

点電荷のエネルギー

 極限 r=∞ は何もむずかしくない.しかし点電荷に対しては r=0 まで積分することになるが,これが無限大の積分を与える.(中略)
 エネルギーを場の中に局在させる考えは点電荷の仮定と矛盾すると結論せざるを得ない.この困難をさける一つの方法は,電子のような電荷要素は点ではなく実際は小さい電荷分布であると考えることである.その代りに非常に小さい距離のところの電気理論あるいはエネルギーの局所的保存の考えはどこか間違っているというべきかも知れない.どちらにも難点がある.

自然の“根底にある統一”について

 われわれの現在の一番完全な電気力学理論も,非常に小さい距離には実際に難点がある.それで,これらの方程式が何かの平均化した形である可能性が原理的にはある.10-14cm くらいまでは正しいが,そこからまちがってくるように見える.そこに何か未発見の根底の "機構" があって,底にある複雑さは平均的方程式には現われていないこともあり得る.──ちょうど中性子の "滑らかな" 拡散のように.しかしうまくいくこのような理論をたてた人はまだいない.
 奇妙なことだが,われわれの知るままの相対論と量子力学とを結合すると,それは(12.4)(引用者注:式省略)と根本的にちがっていて,同時にどんな矛盾もないような方程式の発明を禁止しているようにみえる(その理由は全く分からないが).実験に合わないのでなく,内部矛盾である.


(「ファイマン物理学III・電磁気学」,ファインマン,レイトン,サイズ著,宮島龍興訳,岩波書店)